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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和60年(ラ)6号 決定

抗告人 大野良美

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一  本件抗告の趣旨及び理由は別紙抗告状(写)記載のとおり(抗告の趣旨略)である。

二  当裁判所の判断

1  本件記載によれば、抗告人は昭和58年11月25日富山県富山市長に対し、本籍富山県富山市○○町×番地筆頭者大野時次郎(明治13年2月1日編製、以下イの除籍という)、本籍富山県富山市○○町×番地筆頭者大野金次郎(明治40年9月2日編製、以下ロの戸籍という)、本籍富山県富山市○○町×番地筆頭者大野ツキ(明治43年1月10日編製、以下ハの除籍という)の各除籍・戸籍について再製の申出をなしたこと、富山市長は昭和59年2月28日抗告人に対し右各除籍を再製するために必要とされる資料が不十分であるとして不受理の通知をしたことが認められる。

2  ところで、戸籍簿の全部又は一部が滅失したときは、(1)関係市町村長は監督法務局・地方法務局にすみやかに概況を報告したうえ、遅滞なくその事由、年月日等の必要事項を記載してこれに申報し、(2)監督法務局・地方法務局は、必要な事項を調査し、その再製または補完の方法を具して法務大臣に具申する。(3)法務大臣は、滅失した戸籍を一般に周知させ、かつ関係市町村長または関係人から再製資料の送付または提出をさせるため、その旨を告示する。(4)市町村長は資料を収集する。(5)右により収集した資料に基づき市町村長は戸籍を再製する。以上が戸籍簿の再製手続の概要である(戸籍法11条、同法施行規則9条、準則)。そして戸籍は、国民の身分関係を登録し、かつ公証する公簿であるから、その性質上、国が市町村長をして戸籍簿を作成させ、戸籍事務を管掌せしめているものであり、従つて戸籍簿が滅失したときは、市町村長は法に従い再製手続をとる義務があり、個人は手続上は、再製資料の提供者として同手続に関与するに過ぎないというべきであるが、しかしながら、戸籍は当該本人のみならず、第三者にとつても、その権利義務に関し重要な影響があるものであるから、戸籍簿が滅失したにも拘わらず、市町村長が特定個人に対し特定の戸籍に関し、再製手続を進めない旨の態度を表明したような場合は、その個人は、以後右戸籍簿を確定的に利用できなくなり、法によつて与えられた戸籍簿利用の利益ないし地位を否定される状態に陥るわけであるから、具体的状況下での再製の拒否は、戸籍簿の閲覧・謄抄本等の交付の拒絶に準ずるものとみることができる。従つて再製申出人に対する市町村長の右再製拒否の表明は、戸籍法118条の市町村長の処分に当ると解するのが相当であつて、これを不当とする者は家庭裁判所に不服を申立てることができるというべきである。

もつとも、戸籍の再製には、前記(2)の法務局長から法務大臣への具申、(3)の法務大臣の告示手続を経る必要があり、市町村長のみの権限で再製することができないことは前記のとおりであるが、右中間手続に関し特に不服申立制度は設けられていないから、これら手続の中間段階における不当性を争う者も、結局最終処分者たる市町村長の処分に対し不服申立をするほかなく、市町村長は手続中に別の機関の行為が介在することをもつて、最終処分たる再製拒否を戸籍法118条の処分に当らないと主張することはできない。なお本件記録中の資料5及び8によると、富山県富山市は昭和20年8月2日戦災に遭い、戸籍簿・除籍簿を焼失したこと、その後前記(1)ないし(3)の手続がとられ、戸籍・除籍が再製せられたが、抗告人は再製漏れがあるとして本件再製申出をしていることが明らかである。すると、本件再製に関しては、すでに前記(1)ないし(3)の手続は履践ずみであつて、改めて同手続を経る必要はなく市町村長は地方法務局の監督のもとで、再製申出人提示の資料を検討し、再製できるか否かを判断し、再製相当と考えれば右監督庁の指示に従い再製すれば足る(昭和30年11月23・24日決議同31年8月23日民事局変更指示)というべきである。従つて、本件は前記手続中(4)及び(5)の段階における不当性を争う抗告として適法であるというべきである。

3  そこで本件につき判断するに、富山市長の当裁判所に対する戸籍再製についての回答書によれば、前記除籍のうちハの除籍については昭和59年8月25日適法に再製された(資料8)ことが認められるから、富山市長に対し右除籍についての昭和58年11月25日付再製申告書を受理すべきことを命ずる旨の審判を求める必要性は右再製された限度で消滅したものというべきである。なお、求めるハの除籍と再製された資料8の除籍との不一致部分は資料不足である。したがつて右審判を求める申立は一部不適法、一部理由なしというべきである。

次に、前記求めるイの除籍、ロの戸籍については、抗告人提出の全資料を検討しても、右各除籍及び戸籍を再製するに十分でなく、ほかにこれらを再製するに足りる資料が存在した事実も認められない。

即ち、戸籍は身分関係を公証するものであり、除籍は、一戸籍内の全員が除かれたものであるが、戸籍の記載の正確性を検討するため除籍にまで遡る必要があることもあり、そのほか身分関係の連鎖性追及の資料ともなる重要なものであつて、除籍も戸籍に劣るものではない。従つて、その性質に鑑み、戸籍或いは除籍の再製は、関係戸籍(除籍)その他公文書或いはそれに近い信頼性ある資料によつて再製できる限度にとどめるべきであり、関係人の申出のみにより不明な部分を補充するのは相当でないというべきである(昭和26年3月30日回答666号)。そして、本件では公文書である資料2・6・8によつて、大野安次郎・同徳次郎・同亀次郎・同キサの父が大野時次郎で同人の実在したことが証明されるが、時次郎の父の名・時次郎の生年月日・戸籍編成原因及び日付・除籍原因及び日付が明らかでなく、同人を戸主とするイの除籍を再製するには資料不足といわねばならない。また同じく資料2・8により、富山市○○町×番地を本籍とする戸主大野金次郎が実在したことが証明されるが、戸主となつた原因及び日付・生年月日が明らかでなく、同人を戸主とするロの戸籍を再製するにも資料不足である。右の如く本件では、戸籍・除籍の筆頭者である戸主について、戸籍・除籍に欠くべからざる重要事項とみられる戸籍相互間の関係(連鎖性)の表示を欠くことになるから、戸主について再製不能というべく、戸主に関して再製できない以上、その余の入籍者について記載事項が証明されても戸籍または除籍として編成できないことはやむを得ないというべきであり、結局抗告人申出にかかる全員について再製できないというべきである。

そして本件記録によると、監督地方法務局長は、抗告人申出にかかる本件除籍・戸籍再製に関しては、前記再製されたものを除き、再製申出は不受理とすべき旨富山市長に回答していることが認められるから、同市長が抗告人の本件申出を受理しなかつた処分は実質的にも、手続的にも不当といえない。

4  そうすると、富山市長に対し右各除籍・戸籍についての昭和58年11月25日再製申告書を受理すべきことを命ずる旨の審判を求める抗告人の本件申立は失当として却下すべきであり、右と同旨の原審判は相当である。

よつて、本件抗告を棄却することとし、抗告費用の負担につき民訴法414条、95条、89条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 井上孝一 三浦伊佐雄 森高重久)

抗告の原因

1 抗告の申立にかかる富山家庭裁判所昭和59年(家)第144号市町村長の処分に対する不服申立事件について、同家庭裁判所は昭和59年12月20日抗告人に対して本件申立を却下する審判をし、昭和59年12月27日抗告人に通知があつた。

2 右審判の理由は「本件申立について検討するに、本件記録中の関連するものと思料される戸籍・除籍・改製原戸籍簿の各写しによつては、申立人の上記申出に係る戸籍・除籍簿を再製するに足りないし、他にも戸(除)籍簿の謄抄本やその証明書類など上記申出に係る戸籍・除籍簿を再製するに足りる資料の存在を肯認することができない。そうすると、申立人の上記申出を不受理とした富山市長の処分には非違はなく、申立人の本件申立は失当であるので、これを却下することとし、主文の通り、審判する。」というにあるが、

〈1〉 何が本件戸籍・除籍簿の再製資料として不足しているので再製ができないのか、その根拠法が判じされていない。

〈2〉 本来戸(除)籍簿再製の義務と責任を戸籍法上負う相手方の不受理を非違なきものとし、その責任を問うこともなく、逆に本件戸(除)籍簿再製のための立証責任を総て申立人に転稼したる判じには重大な過誤がある。

〈3〉 また、再製するに足りない資料とされた戸主大野安次郎改製原戸籍によれば、同人は父大野時次郎・母ツキの参男であり、その身分事項欄第1行及び第2行によれば、母ツキは、明治43年1月10日に同人の子である富山市○○町×番地戸主大野金次郎から分家していること。ツキと大野時次郎は夫婦であり、戸主であつた大野時次郎の死亡(明治40年9月1日)により同人らの長男である大野金次郎が同所同番地に於て父の死亡に伴ない家督相続し、新戸籍の編製がなされ戸主となつた一連の事実は行間から十分に読み取られる。よつて、本件戸(除)籍簿再製資料(交付戸(除)籍簿の謄抄本のみにこだわるのなら)として十分証明力を有するものである。

補足すれば、我が国に於ては明治中期に至るまで、男子の命名法は輩行(出生順)名によるものが多く、本件大野時次郎は、その父大野久太郎の次男であつたので時次郎と命名されたものである。そして、次男である大野時次郎は、自分の5人の男児に総て□次郎をとつて長男より順に金次郎、義次郎(富山家庭裁判所へ戸籍訂正許可の申立中)、安次郎、徳次郎、亀次郎と命名したものである。よつて、これらの事実記載のある改製原戸籍謄本には、十分な証拠力があるにもかかわらず、それを否定した判じは誤つている。

〈4〉 次に、「他にも戸(除)籍簿の謄抄本やその証明書類など上記申出に係る戸籍・除籍簿を再製するに足りる資料の存在を肯認することができない。」というが、これも間違つている。

何如ならば、申立人は富山地方法務局戸籍課長の昭和59年5月25日付回答に基づいて、その存在が明白となつた本籍石川県新川郡○○村×××番地戸主川崎五郎次郎の明治5年式戸籍(川崎ツキ(后の大野ツキ)と大野時次郎との婚姻事項の記載在り)正本を富山家庭裁判所に対してなした昭和59年6月6日付文書送付嘱託申立書を受理し同資料の存在を知つていたことは、同家庭裁判所書記官○○○○作成昭和59年7月23日付回答によつても明白だからである。更に、この事実は同地方法務局の送付拒否を不服として申立人が昭和59年7月27日同家庭裁判所に対して提出した上記戸主川崎五郎次郎戸籍正本の証拠保全申立書を受理し、同家庭裁判所昭和59年(家ロ)第101号審判前の保全処分申立事件として係属中であり、昭和59年12月20日その申立を却下した事実からも明白である。

よつて、他に本件戸(除)籍簿再製に足る資料の存在が肯認されないとは、誤判もはなはだしい。

このような理由で本件を却下したことに不服であるので、この抗告に及んだ次第である。

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